2012年2月19日日曜日

ホーチミンにて

ホーチミンにて。

今朝目が覚めてエレベーターでおれどこいるんだっけ。と思った。
ホテルも白人やアジアの外人ばっかりで混乱してしまった。

ホーチミンは今回最大の山場。

といいつつ、気がすっかり抜けている。
やる気がでん。

まあ明日明後日はいつも通り仕事して、水曜日からが山場。

昨日一人で街をブラブラして飲んでたらタイの仕事とあいまって、大分寝坊してしまった。

まあこれが本来の自分の姿なり。
レイジーは治らんですな!

かえるを食う。
かえるとタケノコのいためもの。

うまいな!

鶏よりもコシがあって独特の臭みがない。
ただ小骨がちょっと面倒。
すごい肉がしっかりした白身魚といった方が近いかな。

にしても最近仕事ばっかやなー。
遊びをうまく組み込まないと。

本はこの出張で10冊は読んだぞ。
なんかヒマみたいだな。。。

高田順次の”適当経典”からモーパッサンまで。
かえるは開高健に影響されて。

もうちょいしたら明日の仕事の準備だな。

2012年2月18日土曜日

またタイ

バンコクにて。

相変わらずパワーのある場所だ。

ビジネスに関しても非常に激しい競争が繰り広げられている。
価格、品質。

しかしこっちのパートナー達も結構つかれているな。
クマが出来るまで仕事してる。

同行中、ひっきりなしにかかってくる携帯電話。。

オレの方が全然ヒマだわい。

金も結構あるんじゃないか??
営業のメンツは会社からきれいなトヨタを支給されている。
社長なんかベンツとランドクルーザーだし。

こっちよか豊かぢゃないか。
ただ結局彼らも今までの日本と同じ道を歩むのかもしれない。

経済的な満足、今まで望んだものの達成、迷い。

合気道とかサーフィンとか、あるいは座禅とか。
はたまたお笑いとか。
単純かもしれないけど、これからはそっちの方がいいかも。

まあでもタイの人たちは日本人よりよっぽどジョークには優れてる。
これはやっぱり強いかも。

まあ何にしてもみんな明るいわ。
ジョークばっかいっているし一緒に仕事してるとこっちまで楽しくなってくる。

あるミーティングでは、オナベ(パートナー)・自分・オカマ(顧客)という状況になった。。。

だからといってそれも笑い話でもなんでもなく普通な光景だということが、この国の懐の大きさかもしれない。

僕としてもこの初めて状況に普通な顔をして仕事をしました。

2011年12月27日火曜日

つなげる仕事

今の日本の若者は、幸福度が過去最も高いらしい。

そんな記事を読むと悪くないな、と思う。

ただ結局こういうネタは総論であって、個々の意見に基づいたものではない。

やる気がある人なんかは結構鬱屈しているのも多い、はず。

もちろん国内でも優秀な人は新しい仕事を作り、チャレンジングな事をやっていけるけれども、やはりだんだんと動けるスペースってのは少なくなっている。

そうすると海外となるんだけれども、うまくやっていくにはいろいろな情報やつながりがあると失敗の確率が少しずつ減っていく。

失敗してもいいんだけれど。

どちらにしろ背中を押す人が必要だし、それがまた情報やつながりになるんだろうと思う。

人と未来をつなげる仕事、そんな方向に持っていきたいと思う。

2011年12月24日土曜日

仕事諸々

ベトナムでの新規事業立ち上げの話が少しずつ進んでいます。

2月にまたベトナムへ行きます。

考えるべきは人と金のマネジメント。

現地にいれればいいんだけれど。

日本人の生活一人分ペイできるビジネスに出来るというプランが無いと。
そこまで持っていけるか本気で考えていかないと。

1月は友人の美容師さんと一緒にシンガポールへ。
事業を進めるにあたっての視察です。

久しぶりのシンガポール。
この5、6年で大分かわったというからとても楽しみ。

2011年12月4日日曜日

”飽き”について

ちょうど30歳前後で数年の仕事経験を同じ場所で積むと、どうしてもこの”飽き”に直面すると思う。

これをどうマネージメントするのかというのは一つの課題になってきます。

一つは変化をつける事、転職だったり独立だったりするわけですが、それがいつでもよい結果につながるとは限らない。

もう一つは自ら組織内での立場を変えていくということ。

いずれにしてもアイディアもいるし、行動力も必要になる。

今さぼると、えらい事になるぞ、と思いながら。。。

よい意味で分岐点に直面しつつあるのかな。

2011年10月23日日曜日

雀鬼

健在の日本人で久しぶりにすげえ人だなあと思う人の本を読んだ。

代打で最強の強さを誇った桜井章一先生。

作家でもなんでもなく、ただその言葉が注目されて、色々と本になっている。

”つまり何がいいたいかというと、生きている以上、私たちは「粋」を目指したいものだ、ということです”

というフレーズが「壁をブチ破る 最強の言葉」という本にあります。

生きるではなく活きる、そして粋になっていく。

とにかくすごい迫力。

2011年10月21日金曜日

フィールドワーク


ベトナムでチームのみんなで街頭インタビューや、身近な学生達に聞きながら作った、ベトナム人女性の全身ファッションにかけるお金の使い方をまとめた図。

今回非常に勉強になったのが、やはり頭で考えるだけではなく、人に会って、色々と聞いて実際の情報をつかむというのがどれだけ大事かということ。

この経験から、インドネシア出張でも一人でモールでインタビューを実行できた。あまり豊富なデータにはならなかったけど、写真や、1月に化粧品に使うコスト等普通の雑誌やネットでは出てこない情報が出てくる。

方法としては:
①質問項目をまとめてメモ帳に書く
②カメラとメモ帳準備
③突撃取材

という簡単なものだけど、ほぼナンパ状態なので、自分のコミュニケーション能力のupにもつながるかも。

2011年10月17日月曜日

ジャカルタ疾風

乾期のジャカルタへいってきました。初めての訪問でどんなもんだかとドキドキしていたけれど無事終わりました。こんなトゥクトゥクのようなものもあるけれど、町は乗用車で大渋滞。普通の日なのに、たった数100m進むのに30分とかかかる。渋滞だけは参りました。

しかし元気があります、この国も。

一人で化粧品市場のフィールドワークも行いました。ミドルクラスのモールで、どんな種類の化粧品を、またいくらくらい使っているか等のインタビューを。

大体月2000円から3000円位。マルチナショナルブランドとローカルと両方使っているほうな感じ。

ミドルクラスなので金額は低いものの、化粧品への意識は結構高いのかな、と。

ただし、イスラム教徒においては、あんまり華美に装う事をOKとしないような風潮があるようで、結構薄化粧。スキンケアの方が需要はあるかな、と。

各顧客に聞いてみると、大体が毎年20%の伸び。会社によっては倍々でのびているような事も。

やはり元気ですね〜。

また、ムスリムの多い国で、HALALという規則にのっとったものがよく売れるという傾向があるよう。豚やアルコールの不使用、他イスラム教のきまりにのっとった方法で製品が作られているという証明です。

今回感じたのは、ストレスのフラット化というか(笑)。

現地の友人にも会いましたが、まあなかなかストレスが溜まっているというか。
毎日忙しいようで。

また結局顧客も日本相手だったり、欧米の会社だったりすると、同じスピード、同じストレスでやっていかなきゃいけないわけで、インドネシアでも昔みたいな悠長な時代ではないんですね。

しかし、のびていますね。みんな性格もよく笑っていい感じ。1年滞在していたブラジルのベレンを思い出しました。



2011年9月22日木曜日

回帰

根拠があまりにも無いものは信じられない。

だけど西洋思想も論理的だけれど、突き詰めていくと何もわかっていないことが結構ある。

物質の最小単位の素粒子が何から構成されているか、ということはずっと議論されている。

科学者の何人かが東洋思想にも精通しているのがこの限界を超えるポイントが東洋にあるからではないかなと思ったりする。

近年は西洋がずっと強かったけれど、今地球の環境破壊が進む中、これからは思想的もアジアの時代になっていく、気がする。

2011年9月5日月曜日

坐る

朝の10分、15分程度を静かにすわってみる。
これだけで色々な事が大分違ってくるような気がする。

自己を整えるということ。
自己を制御するということ。

それが普通にしていると人よりひどいのだが、朝坐ることで人生が取り戻せる。

おそらく科学的にも若干証明ができるのだと思う。

頭や体に良いものが出てきている気がする。

人生のもう一つのプランができたぞ。
地味な方のプランだけど。

2011年9月2日金曜日

久しぶりに

8月半ばはベトナムへ行ってきた。

とにかく刺激的な人たちとアイディアに出会えて濃密な体験だった。

大分前からいわれているけど、今こそベトナムは旬だと感じた。

とにかくパワーがある。

人々の目が死んでない。

そこにいる日本人達もかなりのもの。

エネルギーを持って生きている。

彼らの口から何度も出た言葉は、”行動”という言葉。

動かないと何も見えてこない。

自らに言いきかす。



2011年7月27日水曜日

ブラジル勉強会 w/Pindorama 川原崎さん

先週の7月20日に、サンパウロのフリーペーパーPindoramaを発刊されているコジロー出版の川原崎社長にお越し頂き、恵比寿で勉強会兼飲み会をさせて頂きました。

参加して頂いたのはハバタク(株)の丑田社長、フリーフォトグラファーの青木氏、ITエンジニアの水川氏。

川原崎社長は東京ガス(現東京FC)でサッカー選手として活躍され、その後20代で単身ブラジルへ。健康食品会社と出版社を経営されている。

ブラジルで起業されたという特異な経験、多方面への深い知識と、ブラジル的なざっくばらんさとユーモアがとても魅力的で、話をさせて貰うと楽しいし非常に学ぶことが多いので、今回ぜひ志のある友人達にもあって頂ければと。

話は多方面にわたって、日本のこの危機的状況や、ブラジル現地でのビジネスの状況、ブラジル文化、サッカー、音楽、etc.

皆さんからの議論も活発でとってもおもしろかった。

そのまま立ち飲みやで2次会。何かブラジルからくる方と会うと元気になる。。

今コジロー出版でブラジル情報誌を編集しているとのこと。
ブラジルへの企業進出の情報等、もし何かあれば連絡ください。川原崎さんを通して何かご協力できるかもしれません。

ピンドラーマのリンクはこのブログに貼ってあるのでご参照ください。

また面白い方と絡めてブラジル絡みの勉強会等できればと思っています。

2011年7月25日月曜日

横浜大桟橋シネマフェスタ 成功閉幕のご報告

7月18日海の日の”横浜大桟橋シネマフェスタ Vol.1”、成功裏に閉幕いたしました。

当日はよく晴れたドキュメンタリー日和。

ジャックカフェのどデカハイネケンボトルは今日も鮮やかな緑色を発色している。

11時ちょいすぎに入店するとジャックカフェベースメントのジェット君は先に準備をしていてくれている。

ジャックカフェベースメントとしても映像イベントは経験が多いわけでは無いが、椅子やプロジェクタもしっかり準備してくれていて、一安心。

ジェット君のチョイスで、映画館ぽいスウィングを小さい音で流しながら準備。

岡村監督が少しするとやってきて、DVDチェックは何とか終了。
ジャックカフェに来るまでに物乞いを久しぶりに見たということで、こちらとしても意外な発見。
何かみたことはあるが、あまり意識したことはなかった。

1時を過ぎて徐々に来客が増えていく。

知っている顔もちらほら。

ちょっと不安だったが、何とか上映会の雰囲気に。

岡村監督のいつもの軽快なトークから、”40年目のビデオレター アマゾン編”が始まる。
40年以上前の1962年に神戸、横浜から700名の移民をのせたあるぜんちな丸第12次航。その同船者を探すドキュメンタリー。

希望を持ってブラジルへ渡った日本人達の様々なストーリー。

中でも、ブラジルへ渡ってすぐに風土病で子供をなくしたおばあさんが映像で出ていたが、その悲しみはどんなものだっただろう。

彼らの中にも数年で稼いで日本に帰ってくるつもりが、現地へ行って聞いていた話とは全く異なる状況の中で結局やむをえず向こうに永住することになった人もいる。結果的に良かったという人もいらっしゃったが、当時はそうは思わなかっただろうし、今も日本の方が良いという人もいる。

しかし、そんな話も日本では知らされていない部分が多い。
むしろ日本はあまり目を向けようとしない。

撮影を受けつけない人もいらっしゃった。

それぞれに色々なストーリーがある。

”赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み”

は、今回も佐々木神父の土地なし農民やハンセン病患者のブラジル人達への優しく深い眼差しに目を奪われてしまう。

ご縁で佐々木神父が2年間いらっしゃった黄金町の末吉町教会に前日に行くことができた。この横浜で活躍されて、そしてブラジル、パラナ州の田舎で今も活躍されている。

今回も再度、人生の本当の成功とは何か。という事について考えさせられた。

それぞれの作品に出てくる方々は、この横浜大桟橋を出発している。このジャックカフェがあるビルは80年を超える歴史があるので、その出航を目撃しているだろう。

そういう場所で今回の上映ができたということは何か縁があるのかなあ。

今回は岡村監督、そしてジャックカフェと、ジャックカフェベースメントのジェット君、ハッシーをはじめ、ジャックカフェとこの企画をつないでくれたザキさん、またシネマジャック&ベティの梶原さん、ART LAB OVAのヅルさん、受付を手伝ってくれたカメラマンの青木さん、細かい準備を手伝ってくれたまりかさん、色々な方々にご協力頂きました。


こちらは閉幕後の打ち上げの風景。

また次回も何かしらの形でできればいいなあと思います。

2011年7月4日月曜日

7/18 月祝日海の日 横浜大桟橋シネマフェスタvol.1 フライヤーできました



今回のフライヤーは港横浜の大灯台、横浜シンボルタワーをバックに。

今回も岡村淳監督が来場してのライブ上映です。

横浜とブラジルとの新たな関係、発見があれば。

Jack Cafeのすぐ前にある大桟橋からは多くの日本人移民が南米へ向かって出航しました。

今は美しいデートコースになっていますが、そこは沢山のストーリーが生まれた場所です。

今回ブラジルで多くの日本人移民と関わっている岡村監督の作品、お話がこのような場所で楽しめるのが個人的にも楽しみです。

みなさんお誘いあわせの上、ふるってご参加下さい!

告知はこちらでも:

日時:2011年7月18日(月祝) 13:00 開場 13:30開演
場所:Jack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/
料金:¥1,500 w/ 1 drink

〒231-0002
神奈川県横浜市中区海岸通り1−1ジャパンエキスプレスビルB1F
◆みなとみらい線「日本大通り駅」徒歩5分
◆ JR線「関内駅」徒歩10分

連絡: 湯本 doublewiseconsulting@gmail.com

※元々ライブハウスのため椅子を別途準備しますが、来客数が多い場合全員すわれない可能性もある旨、ご了承ください。


40年目のビデオレター アマゾン編
2002年制作/78分

制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

南米への移住が下火に向かうなか、1962年4月に700名近い移住者を南米四ヶ国に運んだあるぜんちな丸第12次航。

あれから40年。

出身も境遇も異なるものの、共に新大陸への夢と不安を抱いた同船者たちは今、どうしているだろうか。

アマゾンの河口で小船に乗り換え、泥色の川をさかのぼっていった31人は―。

成功を夢見る父や夫のかげで、運命に絶望した妻子たちも少なくなかった。

移住後間もなく未婚のまま風土病で逝った女性、自ら命を絶った少女…。

同船者の訪問を拒む人もいる。

あまりにも多様な移住者それぞれの人生だった。

移民の願いと出資を受け、自ら移民となった岡村の手による、移民を描いたドキュメンタリー

赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み
日本語・ポルトガル語バイリンガル上映
HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

「とんでもないことを始めてしまった」。
ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。

そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。

ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの愛と闘いの記録。

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/

2011年6月30日木曜日

7/18 月(祝)横浜大桟橋シネマフェスタ 岡村淳監督上映会@横浜大桟橋 Jack Cafe Basement

来る7月18日(月祝 海の日)、横浜大桟橋にあるJack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/ にて "第一回 横浜大桟橋シネマフェスタ”を開催します。

今回はブラジルから岡村淳監督をお招きいたします。

今回公開は2作品。

いずれも横浜、そして大桟橋と深く関わりのある、ブラジル移民を取り上げた作品となります。

横浜のもう一つの歴史を、みなさんと共有できればと思います。

ふるってご来場ください!

日時:2011年7月18日(月祝) 13:00 開場 13:30開演
場所:Jack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/
料金:¥1,500 w/ 1 drink

〒231-0002
神奈川県横浜市中区海岸通り1−1ジャパンエキスプレスビルB1F
◆みなとみらい線「日本大通り駅」徒歩5分
◆ JR線「関内駅」徒歩10分

連絡:doublewiseconsulting@gmail.com

※元々ライブハウスのため椅子を別途準備しますが、来客数が多い場合全員すわれない可能性もある旨、ご了承ください。


40年目のビデオレター アマゾン編
2002年制作/78分

製作:あるぜんちな丸第12次航同船者40年の集い実行委員会
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

南米への移住が下火に向かうなか、1962年4月に700名近い移住者を南米四ヶ国に運んだあるぜんちな丸第12次航。

あれから40年。

出身も境遇も異なるものの、共に新大陸への夢と不安を抱いた同船者たちは今、どうしているだろうか。

アマゾンの河口で小船に乗り換え、泥色の川をさかのぼっていった31人は―。

成功を夢見る父や夫のかげで、運命に絶望した妻子たちも少なくなかった。

移住後間もなく未婚のまま風土病で逝った女性、自ら命を絶った少女…。

同船者の訪問を拒む人もいる。

あまりにも多様な移住者それぞれの人生だった。

移民の願いと出資を受け、自ら移民となった岡村の手による、移民を描いたドキュメンタリー

赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

「とんでもないことを始めてしまった」。
ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。

そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。

ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの愛と闘いの記録。

岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/




2011年6月21日火曜日

華僑

雨の博多。

空港で買った華僑の本。
どうやってこれから「生き残る」か。
について。
リスクとは何か。
リスクとどう向き合うか。

2011年6月5日日曜日

ワイハのすかちゃん

スカイラーこと、古い友達であるハワイ島出身のスカちゃんがうちに遊びにやってきた。

スカちゃんは日系人で、他にイギリス人と中国人とネイティブハワイアンの血が入っているという。

最近ハワイが特集されている雑誌等みてて良いところだろうなあ、、と思ってたので、
何で東京なんかにいるんだ、ハワイに帰りたいだろ、
と聞くと答えはNO。

色々聞いていると、島特有の世間の狭さや、仕事が無いのが帰りたくない理由だそう。
東京にいるほうがよっぽど刺激的で楽しいという。

日本にいられなくなっても、アメリカ本土に行くだろうとの事。

よっぽど良いところだと思ってたので、ちょっとイメージと違うかんじ。

スカイラーの出身校はカメハメハ高校というところでネイティブハワイアンの血が流れている子弟を入学させる高校だという。

カメハメハ一族と日本の関係は濃くて、1885年には日本人移民を受け入れ、ハワイ王国の安泰のために依仁親王とカイウラニ王女の縁談を持ちかけたりしている。

飲み会をやるときは必ず”カメハメハ”の歌を歌ってスカイラーに一気させるというお約束があった。結構盛り上がる。

ちなみにこの高校は日本軍から爆撃を受けたことがあるという。

ちょうどブラジルの日系移民について色々ビデオや本を漁っていたところだったから、スカイラーと久々に話していると、とても興味深いし、想うことがある。

ハワイはアメリカの州の1つになっているけれど、その前は独立した国家だった。
今はハワイ語を話せる人はあんまりいなくなっているという。

その点日本は独立を守って、まだ日本語も残っている。でも、歴史が少し変わっていたらハワイと同じ状況になっていたかも。

沖縄は結構ハワイに近いかもしれない。

言葉や文化が国の力関係によって失われてしまうんですね。

他にもなんか色々。

ハワイに移民した日本人達の出所とかについても、結構良く知っている。
本当だか分からないけど。
1理あるかも。

ハワイ。

リゾートも良いし、でも他にもいろんなことが興味深い場所だと思った。

2011年5月31日火曜日

リバウンド

ちょっと減量と筋トレしようとGW後くらいからやってたけど、仕事の来客等ですっかり暴飲暴食に。

しょうがないしょうがない。

昨日は桜木町でJICAの方々と面会。

閉館中だったが連れて頂きふと入った部屋に移民モノの面白そうな書籍がいっぱい。

今度改めて開館中にいってみようと思う。

2011年5月22日日曜日

逗葉新道にのるまえに

何年やってもうまくならないサーフィン帰りに、葉山にすんでる地元の友宅に。

良い感じのへや。

葉山の山から吹き降ろす良い風。

なんかDIYで家具がグレードアップしてるし。

奴の空気が家の中にしっかり出てる。

自然に自然なかんじ。

何か自分の空間つうものを作る事って結構大事なんだなあ、と完全に無頓着な自分を反省。

しかし今日はほんと良い風がふいてるね。

2011年5月21日土曜日

部屋がきたないこと

7月にやる予定の催しものの準備など。

いかんせん右も左も分からない。

自分の中で悶々としてたり。

で、色々な方々に相談させて頂いている。

そのたびに彼らが持っているアイディアに驚嘆する。

自分が全然しらないので、感動もひとしお。
普通な会話みたいな中にも結構「へえーっ」てことが多い。

色々な方とあるコンセプトをキーに話すって楽しい。

なんかいますごく勉強できてる。

今回は人と人のつながりのすごさというものを再認識させていただく。
紹介してくれる方がいることでいろんなことが前にすすむんだなあ。

縁というのはほんと、ありがたい。

ともかく、少しずつでも前にすすめば。

経済的な仕事もがんばらないといけないんですが、両方が良い影響を与えられるような気がする。

にしてもワクワクすることで、ある意味心がみだれているのか、部屋が汚くなってきた。