2011年5月8日日曜日

外に出る

ネットサーフィンをしていて、とある記事をきっかけに8,9年前にアジアを旅しているときに出会ったこれまたとある人の事を思い出した。

その人は小さな自分の子供を2人連れて世界中を旅していた。

バラナシの船で生活をし、その後ネパールや周辺国を回り、僕はマレーシアのペナン島でその人に会った。

とにかく明るい。

日本語をネイティブのように操る。

僕が日本神話について初めて知ったのも恥ずかしながら、日本生まれではないこの人から。
ボキャブラリーは日本生まれの人よりもよっぽど豊富。
この出会いの衝撃は今でも忘れない。

自分の価値観からはるか遠くにいる存在に出くわす。

その瞬間に。

ドアの隙間から、ほんの少しだけ”外”が見える。

そのときに自分というものが、どれだけ今いる”内”の事しか知らなかったことにきづく。

今でもそういう存在に憧れ、届かずにいる。

一度バラナシの船で世界中を旅するので、来ないかと誘って頂いたことがある。
船といっても、写真で見た限り、エンジンもちゃんと動くのかどうかという、そういう船だ。

そのとき僕は勇気が無く、話に乗れなかった。

今思えば凄い話だけれど、そんな事ってなかなか構想も出来ない。

外に出るという事。

それは自分と全く違う価値観に出会うということ。

その瞬間を待ちわびているのかなあ。

2011年5月7日土曜日

横浜港シンボルタワー



横浜港シンボルタワーへ。
自宅からバイクで10分程度。

ここからの景色は圧巻。

本牧ふ頭の全体が見渡せる。
なかなか近くで見る機会の無いガントリークレーンが目前に、コンテナ群とともに。

平日だったせいもあるだろうが、コンテナヤード内をトラックやフォークによってコンテナがせわしく動き回る。

港ヨコハマとはよく言うが、実際に横浜の街にいて港を感じるチャンスはあまりない。

そういった意味でここは本当に横浜の原点が見られる。

こうして世界中から集まる船によって日本の物流拠点として発達し、それにともなって街は潤っていき、今の大都市となった。

山手や元町に見られる欧米に影響された風情や、巨大な中華街は、この港を窓口に、多くの外国人とともに文化の入り口となった。

何よりも横浜は港によって発展した街だ。

このシンボルタワー、エレベーターはなく、展望台までは階段で昇ります。

すごい観光資源を横浜はもっていますね。
ガラガラでしたけれど。

僕は感動しちまいました。
特に物流関係や貿易関係の仕事についている人には本当お勧めです。

2011年5月4日水曜日

コッポラー

サイゴンは今のベトナム、ホーチミンの旧称。

”地獄の黙示録”で最初に一瞬だけ街の様子がチラリと出てくる。

穏やかな街の様子。

そしてジャングルでの戦闘。

”戦場では故郷を想い、故郷では戦場を想う”

という言葉が映画の中にある。

あれだけの戦闘の中にいて、故郷に帰ったらどうなるんだろうな、と思う。
少なくともある期間は抜け殻になってしまう人も多いだろう。

善と悪、強者と弱者という相反する精神について考えさせられる。

ベトナム人は世界の大きな流れに翻弄されていたんだなと思うと、この間のだましてきたタクシーの運ちゃんやなんかもゆるそうかなと思う。

コッポラ監督はすごいですね。。





このグロテスクな食べ物はブラジルの国民食でフェイジョアーダ。ためしに自分でやってみたらそこそこ近いものが出来ました。なんでもやってみりゃできるんですね。。

2011年4月29日金曜日

義捐金のご報告

岡村淳ドキュメンタリー上映会の義捐金は¥42,000となりました。
日本赤十字社に振り込ませて頂きました。

2011年4月26日火曜日

岡村淳ドキュメンタリー上映会 成功閉幕の報告

岡村淳ドキュメンタリー上映会@能見台4月24日、無事終了いたしました。

当日は天気もよくドキュメンタリー日和。

たくさんの参加者が来場されました。

今回の上映作品は「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」「ササキ農学校の一日(短編)」。

ブラジルの田舎で、佐々木神父が診療所作りや土地なし農民のサポート、ストリートチルドレンの更正施設等、社会的弱者のために救済事業を行っている。

僕個人的には、映像の中にちりばめられたシスターや神父のいくつかの名言に非常に魅せられました。特に”仕事”に対しての言葉。

どんな仕事の中にも神とのかかわりがある。という言葉だったり、プロポリス工場での若いブラジル人シスターが、目の前でこれを使っている人のことを考え、思いを込めながら作業をする、というようなコメントだったり。

例え普段の仕事でも、経済的なものが発生しない家事でも、仕事には人とのかかわりがあり、またカトリック的な言い方だと確かにそれを通じて神との関わりがあるのかなあ、と。

僕もこの作品を見させて頂いたのは、数回ありますが、そのたびに感銘を受ける場所が変わっていると思います。

スポンサー等営利の側面がどうしても製作の大きな要素になってくるもの違って、こういったドキュメンタリーはより物事の本質に近づく可能性があると感じます。

それは時間つぶしの1時的なものでなく、見させて頂く自分の血となり肉となるものでもあるのかな、と。

なかなかこちからは知ることの出来ない偉人が岡村監督によって光が当てられる。
その映像を見て、彼らの思い、はたらきを見るとき、感動し、また人生の成功とは何なのかということを考えさせられます。

また、この会は単純にみんなで見たら映像も楽しいし、人が集まって新たな出会いがあったり、久しぶりに会う人に会ったり、そういうチャンスとさせて頂ければよいのかなと思います。
ということでまた続けて行きたいと思います。次回もぜひお越し下さい。

そしてSPECIAL THANKS。今回の上映会を手伝ってくれたザキさん、あさこさん、まりかさん、フライヤー作成及びチャリティ販売出展して頂いた”あっか”どうもありがとうございました!

また来場者の方々からのカンパ、義捐金として日本赤十字を通し東北へ送金させていただきます、岡村監督、また参加者の皆様どうもありがとうございます。

2011年4月23日土曜日

岡村ドキュメンタリー@能見台 チャリティイベント 明日4/24(日)です。

”ドキュメンタリーの可能性”。

そんな言葉を思います。

決して日のあたらない人生、しかしそこにはそれぞれのドラマがある。

ぜひみなさんと一緒に経験できればと思います!

よろしく!


東日本大震災チャリティイベント 
岡村淳監督ドキュメンタリー上映会 4月24日(日)@横浜 能見台


日時:2011年4月24日(日)13:00- 

場所:能見台地区センター http://www.tikucenter.com/

料金:カンパ制です。今回のカンパは関東東北大震災の被災者への義捐金とさせて頂きます。
「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳
ポルトガル語字幕つき

「とんでもないことを始めてしまった」。

ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。
ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの

愛と闘いの記録。

岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20040913000270.cfm

2011年4月7日木曜日

フライヤー!岡村淳ドキュメンタリー上映会 4月24日(日) ”赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み” 東日本大震災チャリティイベント


今回のフライヤーは前回に引き続き手描き子供服”あっか”の三宅孝典氏にデザインしてもらいました。http://akkaakka.com/

素晴らしいデザイン、”あっか”協力ありがとうございました!
当日は”あっか”の寄付金の為の小物販売も行います。

また、今回の上映会も岡村作品を通じていい出会いがあるといいな、と思います!
岡村さんありがとうございます!

そして上映会に来ていただける皆様ありがとうございます!

また、良い会にできれば。

東北に思いを馳せながら。