2011年12月27日火曜日

つなげる仕事

今の日本の若者は、幸福度が過去最も高いらしい。

そんな記事を読むと悪くないな、と思う。

ただ結局こういうネタは総論であって、個々の意見に基づいたものではない。

やる気がある人なんかは結構鬱屈しているのも多い、はず。

もちろん国内でも優秀な人は新しい仕事を作り、チャレンジングな事をやっていけるけれども、やはりだんだんと動けるスペースってのは少なくなっている。

そうすると海外となるんだけれども、うまくやっていくにはいろいろな情報やつながりがあると失敗の確率が少しずつ減っていく。

失敗してもいいんだけれど。

どちらにしろ背中を押す人が必要だし、それがまた情報やつながりになるんだろうと思う。

人と未来をつなげる仕事、そんな方向に持っていきたいと思う。

2011年12月24日土曜日

仕事諸々

ベトナムでの新規事業立ち上げの話が少しずつ進んでいます。

2月にまたベトナムへ行きます。

考えるべきは人と金のマネジメント。

現地にいれればいいんだけれど。

日本人の生活一人分ペイできるビジネスに出来るというプランが無いと。
そこまで持っていけるか本気で考えていかないと。

1月は友人の美容師さんと一緒にシンガポールへ。
事業を進めるにあたっての視察です。

久しぶりのシンガポール。
この5、6年で大分かわったというからとても楽しみ。

2011年12月4日日曜日

”飽き”について

ちょうど30歳前後で数年の仕事経験を同じ場所で積むと、どうしてもこの”飽き”に直面すると思う。

これをどうマネージメントするのかというのは一つの課題になってきます。

一つは変化をつける事、転職だったり独立だったりするわけですが、それがいつでもよい結果につながるとは限らない。

もう一つは自ら組織内での立場を変えていくということ。

いずれにしてもアイディアもいるし、行動力も必要になる。

今さぼると、えらい事になるぞ、と思いながら。。。

よい意味で分岐点に直面しつつあるのかな。

2011年10月23日日曜日

雀鬼

健在の日本人で久しぶりにすげえ人だなあと思う人の本を読んだ。

代打で最強の強さを誇った桜井章一先生。

作家でもなんでもなく、ただその言葉が注目されて、色々と本になっている。

”つまり何がいいたいかというと、生きている以上、私たちは「粋」を目指したいものだ、ということです”

というフレーズが「壁をブチ破る 最強の言葉」という本にあります。

生きるではなく活きる、そして粋になっていく。

とにかくすごい迫力。

2011年10月21日金曜日

フィールドワーク


ベトナムでチームのみんなで街頭インタビューや、身近な学生達に聞きながら作った、ベトナム人女性の全身ファッションにかけるお金の使い方をまとめた図。

今回非常に勉強になったのが、やはり頭で考えるだけではなく、人に会って、色々と聞いて実際の情報をつかむというのがどれだけ大事かということ。

この経験から、インドネシア出張でも一人でモールでインタビューを実行できた。あまり豊富なデータにはならなかったけど、写真や、1月に化粧品に使うコスト等普通の雑誌やネットでは出てこない情報が出てくる。

方法としては:
①質問項目をまとめてメモ帳に書く
②カメラとメモ帳準備
③突撃取材

という簡単なものだけど、ほぼナンパ状態なので、自分のコミュニケーション能力のupにもつながるかも。

2011年10月17日月曜日

ジャカルタ疾風

乾期のジャカルタへいってきました。初めての訪問でどんなもんだかとドキドキしていたけれど無事終わりました。こんなトゥクトゥクのようなものもあるけれど、町は乗用車で大渋滞。普通の日なのに、たった数100m進むのに30分とかかかる。渋滞だけは参りました。

しかし元気があります、この国も。

一人で化粧品市場のフィールドワークも行いました。ミドルクラスのモールで、どんな種類の化粧品を、またいくらくらい使っているか等のインタビューを。

大体月2000円から3000円位。マルチナショナルブランドとローカルと両方使っているほうな感じ。

ミドルクラスなので金額は低いものの、化粧品への意識は結構高いのかな、と。

ただし、イスラム教徒においては、あんまり華美に装う事をOKとしないような風潮があるようで、結構薄化粧。スキンケアの方が需要はあるかな、と。

各顧客に聞いてみると、大体が毎年20%の伸び。会社によっては倍々でのびているような事も。

やはり元気ですね〜。

また、ムスリムの多い国で、HALALという規則にのっとったものがよく売れるという傾向があるよう。豚やアルコールの不使用、他イスラム教のきまりにのっとった方法で製品が作られているという証明です。

今回感じたのは、ストレスのフラット化というか(笑)。

現地の友人にも会いましたが、まあなかなかストレスが溜まっているというか。
毎日忙しいようで。

また結局顧客も日本相手だったり、欧米の会社だったりすると、同じスピード、同じストレスでやっていかなきゃいけないわけで、インドネシアでも昔みたいな悠長な時代ではないんですね。

しかし、のびていますね。みんな性格もよく笑っていい感じ。1年滞在していたブラジルのベレンを思い出しました。



2011年9月22日木曜日

回帰

根拠があまりにも無いものは信じられない。

だけど西洋思想も論理的だけれど、突き詰めていくと何もわかっていないことが結構ある。

物質の最小単位の素粒子が何から構成されているか、ということはずっと議論されている。

科学者の何人かが東洋思想にも精通しているのがこの限界を超えるポイントが東洋にあるからではないかなと思ったりする。

近年は西洋がずっと強かったけれど、今地球の環境破壊が進む中、これからは思想的もアジアの時代になっていく、気がする。

2011年9月5日月曜日

坐る

朝の10分、15分程度を静かにすわってみる。
これだけで色々な事が大分違ってくるような気がする。

自己を整えるということ。
自己を制御するということ。

それが普通にしていると人よりひどいのだが、朝坐ることで人生が取り戻せる。

おそらく科学的にも若干証明ができるのだと思う。

頭や体に良いものが出てきている気がする。

人生のもう一つのプランができたぞ。
地味な方のプランだけど。

2011年9月2日金曜日

久しぶりに

8月半ばはベトナムへ行ってきた。

とにかく刺激的な人たちとアイディアに出会えて濃密な体験だった。

大分前からいわれているけど、今こそベトナムは旬だと感じた。

とにかくパワーがある。

人々の目が死んでない。

そこにいる日本人達もかなりのもの。

エネルギーを持って生きている。

彼らの口から何度も出た言葉は、”行動”という言葉。

動かないと何も見えてこない。

自らに言いきかす。



2011年7月27日水曜日

ブラジル勉強会 w/Pindorama 川原崎さん

先週の7月20日に、サンパウロのフリーペーパーPindoramaを発刊されているコジロー出版の川原崎社長にお越し頂き、恵比寿で勉強会兼飲み会をさせて頂きました。

参加して頂いたのはハバタク(株)の丑田社長、フリーフォトグラファーの青木氏、ITエンジニアの水川氏。

川原崎社長は東京ガス(現東京FC)でサッカー選手として活躍され、その後20代で単身ブラジルへ。健康食品会社と出版社を経営されている。

ブラジルで起業されたという特異な経験、多方面への深い知識と、ブラジル的なざっくばらんさとユーモアがとても魅力的で、話をさせて貰うと楽しいし非常に学ぶことが多いので、今回ぜひ志のある友人達にもあって頂ければと。

話は多方面にわたって、日本のこの危機的状況や、ブラジル現地でのビジネスの状況、ブラジル文化、サッカー、音楽、etc.

皆さんからの議論も活発でとってもおもしろかった。

そのまま立ち飲みやで2次会。何かブラジルからくる方と会うと元気になる。。

今コジロー出版でブラジル情報誌を編集しているとのこと。
ブラジルへの企業進出の情報等、もし何かあれば連絡ください。川原崎さんを通して何かご協力できるかもしれません。

ピンドラーマのリンクはこのブログに貼ってあるのでご参照ください。

また面白い方と絡めてブラジル絡みの勉強会等できればと思っています。

2011年7月25日月曜日

横浜大桟橋シネマフェスタ 成功閉幕のご報告

7月18日海の日の”横浜大桟橋シネマフェスタ Vol.1”、成功裏に閉幕いたしました。

当日はよく晴れたドキュメンタリー日和。

ジャックカフェのどデカハイネケンボトルは今日も鮮やかな緑色を発色している。

11時ちょいすぎに入店するとジャックカフェベースメントのジェット君は先に準備をしていてくれている。

ジャックカフェベースメントとしても映像イベントは経験が多いわけでは無いが、椅子やプロジェクタもしっかり準備してくれていて、一安心。

ジェット君のチョイスで、映画館ぽいスウィングを小さい音で流しながら準備。

岡村監督が少しするとやってきて、DVDチェックは何とか終了。
ジャックカフェに来るまでに物乞いを久しぶりに見たということで、こちらとしても意外な発見。
何かみたことはあるが、あまり意識したことはなかった。

1時を過ぎて徐々に来客が増えていく。

知っている顔もちらほら。

ちょっと不安だったが、何とか上映会の雰囲気に。

岡村監督のいつもの軽快なトークから、”40年目のビデオレター アマゾン編”が始まる。
40年以上前の1962年に神戸、横浜から700名の移民をのせたあるぜんちな丸第12次航。その同船者を探すドキュメンタリー。

希望を持ってブラジルへ渡った日本人達の様々なストーリー。

中でも、ブラジルへ渡ってすぐに風土病で子供をなくしたおばあさんが映像で出ていたが、その悲しみはどんなものだっただろう。

彼らの中にも数年で稼いで日本に帰ってくるつもりが、現地へ行って聞いていた話とは全く異なる状況の中で結局やむをえず向こうに永住することになった人もいる。結果的に良かったという人もいらっしゃったが、当時はそうは思わなかっただろうし、今も日本の方が良いという人もいる。

しかし、そんな話も日本では知らされていない部分が多い。
むしろ日本はあまり目を向けようとしない。

撮影を受けつけない人もいらっしゃった。

それぞれに色々なストーリーがある。

”赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み”

は、今回も佐々木神父の土地なし農民やハンセン病患者のブラジル人達への優しく深い眼差しに目を奪われてしまう。

ご縁で佐々木神父が2年間いらっしゃった黄金町の末吉町教会に前日に行くことができた。この横浜で活躍されて、そしてブラジル、パラナ州の田舎で今も活躍されている。

今回も再度、人生の本当の成功とは何か。という事について考えさせられた。

それぞれの作品に出てくる方々は、この横浜大桟橋を出発している。このジャックカフェがあるビルは80年を超える歴史があるので、その出航を目撃しているだろう。

そういう場所で今回の上映ができたということは何か縁があるのかなあ。

今回は岡村監督、そしてジャックカフェと、ジャックカフェベースメントのジェット君、ハッシーをはじめ、ジャックカフェとこの企画をつないでくれたザキさん、またシネマジャック&ベティの梶原さん、ART LAB OVAのヅルさん、受付を手伝ってくれたカメラマンの青木さん、細かい準備を手伝ってくれたまりかさん、色々な方々にご協力頂きました。


こちらは閉幕後の打ち上げの風景。

また次回も何かしらの形でできればいいなあと思います。

2011年7月4日月曜日

7/18 月祝日海の日 横浜大桟橋シネマフェスタvol.1 フライヤーできました



今回のフライヤーは港横浜の大灯台、横浜シンボルタワーをバックに。

今回も岡村淳監督が来場してのライブ上映です。

横浜とブラジルとの新たな関係、発見があれば。

Jack Cafeのすぐ前にある大桟橋からは多くの日本人移民が南米へ向かって出航しました。

今は美しいデートコースになっていますが、そこは沢山のストーリーが生まれた場所です。

今回ブラジルで多くの日本人移民と関わっている岡村監督の作品、お話がこのような場所で楽しめるのが個人的にも楽しみです。

みなさんお誘いあわせの上、ふるってご参加下さい!

告知はこちらでも:

日時:2011年7月18日(月祝) 13:00 開場 13:30開演
場所:Jack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/
料金:¥1,500 w/ 1 drink

〒231-0002
神奈川県横浜市中区海岸通り1−1ジャパンエキスプレスビルB1F
◆みなとみらい線「日本大通り駅」徒歩5分
◆ JR線「関内駅」徒歩10分

連絡: 湯本 doublewiseconsulting@gmail.com

※元々ライブハウスのため椅子を別途準備しますが、来客数が多い場合全員すわれない可能性もある旨、ご了承ください。


40年目のビデオレター アマゾン編
2002年制作/78分

制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

南米への移住が下火に向かうなか、1962年4月に700名近い移住者を南米四ヶ国に運んだあるぜんちな丸第12次航。

あれから40年。

出身も境遇も異なるものの、共に新大陸への夢と不安を抱いた同船者たちは今、どうしているだろうか。

アマゾンの河口で小船に乗り換え、泥色の川をさかのぼっていった31人は―。

成功を夢見る父や夫のかげで、運命に絶望した妻子たちも少なくなかった。

移住後間もなく未婚のまま風土病で逝った女性、自ら命を絶った少女…。

同船者の訪問を拒む人もいる。

あまりにも多様な移住者それぞれの人生だった。

移民の願いと出資を受け、自ら移民となった岡村の手による、移民を描いたドキュメンタリー

赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み
日本語・ポルトガル語バイリンガル上映
HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

「とんでもないことを始めてしまった」。
ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。

そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。

ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの愛と闘いの記録。

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/

2011年6月30日木曜日

7/18 月(祝)横浜大桟橋シネマフェスタ 岡村淳監督上映会@横浜大桟橋 Jack Cafe Basement

来る7月18日(月祝 海の日)、横浜大桟橋にあるJack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/ にて "第一回 横浜大桟橋シネマフェスタ”を開催します。

今回はブラジルから岡村淳監督をお招きいたします。

今回公開は2作品。

いずれも横浜、そして大桟橋と深く関わりのある、ブラジル移民を取り上げた作品となります。

横浜のもう一つの歴史を、みなさんと共有できればと思います。

ふるってご来場ください!

日時:2011年7月18日(月祝) 13:00 開場 13:30開演
場所:Jack Cafe Basement http://www.jcbassment.com/
料金:¥1,500 w/ 1 drink

〒231-0002
神奈川県横浜市中区海岸通り1−1ジャパンエキスプレスビルB1F
◆みなとみらい線「日本大通り駅」徒歩5分
◆ JR線「関内駅」徒歩10分

連絡:doublewiseconsulting@gmail.com

※元々ライブハウスのため椅子を別途準備しますが、来客数が多い場合全員すわれない可能性もある旨、ご了承ください。


40年目のビデオレター アマゾン編
2002年制作/78分

製作:あるぜんちな丸第12次航同船者40年の集い実行委員会
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

南米への移住が下火に向かうなか、1962年4月に700名近い移住者を南米四ヶ国に運んだあるぜんちな丸第12次航。

あれから40年。

出身も境遇も異なるものの、共に新大陸への夢と不安を抱いた同船者たちは今、どうしているだろうか。

アマゾンの河口で小船に乗り換え、泥色の川をさかのぼっていった31人は―。

成功を夢見る父や夫のかげで、運命に絶望した妻子たちも少なくなかった。

移住後間もなく未婚のまま風土病で逝った女性、自ら命を絶った少女…。

同船者の訪問を拒む人もいる。

あまりにも多様な移住者それぞれの人生だった。

移民の願いと出資を受け、自ら移民となった岡村の手による、移民を描いたドキュメンタリー

赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

「とんでもないことを始めてしまった」。
ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。

そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。

ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの愛と闘いの記録。

岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/




2011年6月21日火曜日

華僑

雨の博多。

空港で買った華僑の本。
どうやってこれから「生き残る」か。
について。
リスクとは何か。
リスクとどう向き合うか。

2011年6月5日日曜日

ワイハのすかちゃん

スカイラーこと、古い友達であるハワイ島出身のスカちゃんがうちに遊びにやってきた。

スカちゃんは日系人で、他にイギリス人と中国人とネイティブハワイアンの血が入っているという。

最近ハワイが特集されている雑誌等みてて良いところだろうなあ、、と思ってたので、
何で東京なんかにいるんだ、ハワイに帰りたいだろ、
と聞くと答えはNO。

色々聞いていると、島特有の世間の狭さや、仕事が無いのが帰りたくない理由だそう。
東京にいるほうがよっぽど刺激的で楽しいという。

日本にいられなくなっても、アメリカ本土に行くだろうとの事。

よっぽど良いところだと思ってたので、ちょっとイメージと違うかんじ。

スカイラーの出身校はカメハメハ高校というところでネイティブハワイアンの血が流れている子弟を入学させる高校だという。

カメハメハ一族と日本の関係は濃くて、1885年には日本人移民を受け入れ、ハワイ王国の安泰のために依仁親王とカイウラニ王女の縁談を持ちかけたりしている。

飲み会をやるときは必ず”カメハメハ”の歌を歌ってスカイラーに一気させるというお約束があった。結構盛り上がる。

ちなみにこの高校は日本軍から爆撃を受けたことがあるという。

ちょうどブラジルの日系移民について色々ビデオや本を漁っていたところだったから、スカイラーと久々に話していると、とても興味深いし、想うことがある。

ハワイはアメリカの州の1つになっているけれど、その前は独立した国家だった。
今はハワイ語を話せる人はあんまりいなくなっているという。

その点日本は独立を守って、まだ日本語も残っている。でも、歴史が少し変わっていたらハワイと同じ状況になっていたかも。

沖縄は結構ハワイに近いかもしれない。

言葉や文化が国の力関係によって失われてしまうんですね。

他にもなんか色々。

ハワイに移民した日本人達の出所とかについても、結構良く知っている。
本当だか分からないけど。
1理あるかも。

ハワイ。

リゾートも良いし、でも他にもいろんなことが興味深い場所だと思った。

2011年5月31日火曜日

リバウンド

ちょっと減量と筋トレしようとGW後くらいからやってたけど、仕事の来客等ですっかり暴飲暴食に。

しょうがないしょうがない。

昨日は桜木町でJICAの方々と面会。

閉館中だったが連れて頂きふと入った部屋に移民モノの面白そうな書籍がいっぱい。

今度改めて開館中にいってみようと思う。

2011年5月22日日曜日

逗葉新道にのるまえに

何年やってもうまくならないサーフィン帰りに、葉山にすんでる地元の友宅に。

良い感じのへや。

葉山の山から吹き降ろす良い風。

なんかDIYで家具がグレードアップしてるし。

奴の空気が家の中にしっかり出てる。

自然に自然なかんじ。

何か自分の空間つうものを作る事って結構大事なんだなあ、と完全に無頓着な自分を反省。

しかし今日はほんと良い風がふいてるね。

2011年5月21日土曜日

部屋がきたないこと

7月にやる予定の催しものの準備など。

いかんせん右も左も分からない。

自分の中で悶々としてたり。

で、色々な方々に相談させて頂いている。

そのたびに彼らが持っているアイディアに驚嘆する。

自分が全然しらないので、感動もひとしお。
普通な会話みたいな中にも結構「へえーっ」てことが多い。

色々な方とあるコンセプトをキーに話すって楽しい。

なんかいますごく勉強できてる。

今回は人と人のつながりのすごさというものを再認識させていただく。
紹介してくれる方がいることでいろんなことが前にすすむんだなあ。

縁というのはほんと、ありがたい。

ともかく、少しずつでも前にすすめば。

経済的な仕事もがんばらないといけないんですが、両方が良い影響を与えられるような気がする。

にしてもワクワクすることで、ある意味心がみだれているのか、部屋が汚くなってきた。

2011年5月17日火曜日

横浜をテーマに

7月にイベントをさせて頂きたいと思っています。
”横浜”をテーマに。

また告知します。
横浜周辺に絡む人で徹底した文化人、遊び人ってだれだろう。

小島鳥水あたりかしら。

横浜正金銀行出身ということで永井荷風と少しかぶっている。

昔の銀行員は遊べたんですかね。

この人たちもそうだけどお金を持っている人は、文化や芸術に傾倒するのかな。

合気道では塩田剛三先生、文化と遊びでは植草甚一先生をそれぞれ勝手に大師匠とさせて頂いてる。どちらも僕の師匠の師匠。

植草甚一先生の”僕の読書法”では当時の横浜の古本屋巡りの様子が書かれている。

桜木町から本牧を通って間門まで、米軍落ちの古本を巡って散歩していたそう。

僕もそんな植草先生の散歩風景を想像しながら横浜を散歩します。

2011年5月16日月曜日

再スタート


合気道初段の認可を頂きました。
正直いいのかな。という感じだけど。

むしろ今後こそ本当に稽古が必要なとき。
気を引き締めて。

引き続き合気道を通して体と心の鍛錬をしていきたい。

合気道をやりたいと思ったのは、ある人との出会いと、自分の中に”日本”を持ちたかったから。

偏狭なナショナリズムではなく、地球人としての祖国のアイデンティティ、そういうものが持ちたいと思った。

そしてその思いは強まるばかり。
日本について知らない事がまだまだ沢山ある。。。

ここから初心に戻って再スタートを切りたい。

もうすぐ今年も始まって半年がたつので、もう一度年初の抱負を読み返してみた。
いくつか達成できそうなこともあるけれど、そうでないものも。

追加で今年中にやりたいことも出てきた。

こちらも新たに目標を洗い出し再スタート。

何よりも仲間達と毎日を楽しみながらやっていきたいです。

2011年5月8日日曜日

外に出る

ネットサーフィンをしていて、とある記事をきっかけに8,9年前にアジアを旅しているときに出会ったこれまたとある人の事を思い出した。

その人は小さな自分の子供を2人連れて世界中を旅していた。

バラナシの船で生活をし、その後ネパールや周辺国を回り、僕はマレーシアのペナン島でその人に会った。

とにかく明るい。

日本語をネイティブのように操る。

僕が日本神話について初めて知ったのも恥ずかしながら、日本生まれではないこの人から。
ボキャブラリーは日本生まれの人よりもよっぽど豊富。
この出会いの衝撃は今でも忘れない。

自分の価値観からはるか遠くにいる存在に出くわす。

その瞬間に。

ドアの隙間から、ほんの少しだけ”外”が見える。

そのときに自分というものが、どれだけ今いる”内”の事しか知らなかったことにきづく。

今でもそういう存在に憧れ、届かずにいる。

一度バラナシの船で世界中を旅するので、来ないかと誘って頂いたことがある。
船といっても、写真で見た限り、エンジンもちゃんと動くのかどうかという、そういう船だ。

そのとき僕は勇気が無く、話に乗れなかった。

今思えば凄い話だけれど、そんな事ってなかなか構想も出来ない。

外に出るという事。

それは自分と全く違う価値観に出会うということ。

その瞬間を待ちわびているのかなあ。

2011年5月7日土曜日

横浜港シンボルタワー



横浜港シンボルタワーへ。
自宅からバイクで10分程度。

ここからの景色は圧巻。

本牧ふ頭の全体が見渡せる。
なかなか近くで見る機会の無いガントリークレーンが目前に、コンテナ群とともに。

平日だったせいもあるだろうが、コンテナヤード内をトラックやフォークによってコンテナがせわしく動き回る。

港ヨコハマとはよく言うが、実際に横浜の街にいて港を感じるチャンスはあまりない。

そういった意味でここは本当に横浜の原点が見られる。

こうして世界中から集まる船によって日本の物流拠点として発達し、それにともなって街は潤っていき、今の大都市となった。

山手や元町に見られる欧米に影響された風情や、巨大な中華街は、この港を窓口に、多くの外国人とともに文化の入り口となった。

何よりも横浜は港によって発展した街だ。

このシンボルタワー、エレベーターはなく、展望台までは階段で昇ります。

すごい観光資源を横浜はもっていますね。
ガラガラでしたけれど。

僕は感動しちまいました。
特に物流関係や貿易関係の仕事についている人には本当お勧めです。

2011年5月4日水曜日

コッポラー

サイゴンは今のベトナム、ホーチミンの旧称。

”地獄の黙示録”で最初に一瞬だけ街の様子がチラリと出てくる。

穏やかな街の様子。

そしてジャングルでの戦闘。

”戦場では故郷を想い、故郷では戦場を想う”

という言葉が映画の中にある。

あれだけの戦闘の中にいて、故郷に帰ったらどうなるんだろうな、と思う。
少なくともある期間は抜け殻になってしまう人も多いだろう。

善と悪、強者と弱者という相反する精神について考えさせられる。

ベトナム人は世界の大きな流れに翻弄されていたんだなと思うと、この間のだましてきたタクシーの運ちゃんやなんかもゆるそうかなと思う。

コッポラ監督はすごいですね。。





このグロテスクな食べ物はブラジルの国民食でフェイジョアーダ。ためしに自分でやってみたらそこそこ近いものが出来ました。なんでもやってみりゃできるんですね。。

2011年4月29日金曜日

義捐金のご報告

岡村淳ドキュメンタリー上映会の義捐金は¥42,000となりました。
日本赤十字社に振り込ませて頂きました。

2011年4月26日火曜日

岡村淳ドキュメンタリー上映会 成功閉幕の報告

岡村淳ドキュメンタリー上映会@能見台4月24日、無事終了いたしました。

当日は天気もよくドキュメンタリー日和。

たくさんの参加者が来場されました。

今回の上映作品は「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」「ササキ農学校の一日(短編)」。

ブラジルの田舎で、佐々木神父が診療所作りや土地なし農民のサポート、ストリートチルドレンの更正施設等、社会的弱者のために救済事業を行っている。

僕個人的には、映像の中にちりばめられたシスターや神父のいくつかの名言に非常に魅せられました。特に”仕事”に対しての言葉。

どんな仕事の中にも神とのかかわりがある。という言葉だったり、プロポリス工場での若いブラジル人シスターが、目の前でこれを使っている人のことを考え、思いを込めながら作業をする、というようなコメントだったり。

例え普段の仕事でも、経済的なものが発生しない家事でも、仕事には人とのかかわりがあり、またカトリック的な言い方だと確かにそれを通じて神との関わりがあるのかなあ、と。

僕もこの作品を見させて頂いたのは、数回ありますが、そのたびに感銘を受ける場所が変わっていると思います。

スポンサー等営利の側面がどうしても製作の大きな要素になってくるもの違って、こういったドキュメンタリーはより物事の本質に近づく可能性があると感じます。

それは時間つぶしの1時的なものでなく、見させて頂く自分の血となり肉となるものでもあるのかな、と。

なかなかこちからは知ることの出来ない偉人が岡村監督によって光が当てられる。
その映像を見て、彼らの思い、はたらきを見るとき、感動し、また人生の成功とは何なのかということを考えさせられます。

また、この会は単純にみんなで見たら映像も楽しいし、人が集まって新たな出会いがあったり、久しぶりに会う人に会ったり、そういうチャンスとさせて頂ければよいのかなと思います。
ということでまた続けて行きたいと思います。次回もぜひお越し下さい。

そしてSPECIAL THANKS。今回の上映会を手伝ってくれたザキさん、あさこさん、まりかさん、フライヤー作成及びチャリティ販売出展して頂いた”あっか”どうもありがとうございました!

また来場者の方々からのカンパ、義捐金として日本赤十字を通し東北へ送金させていただきます、岡村監督、また参加者の皆様どうもありがとうございます。

2011年4月23日土曜日

岡村ドキュメンタリー@能見台 チャリティイベント 明日4/24(日)です。

”ドキュメンタリーの可能性”。

そんな言葉を思います。

決して日のあたらない人生、しかしそこにはそれぞれのドラマがある。

ぜひみなさんと一緒に経験できればと思います!

よろしく!


東日本大震災チャリティイベント 
岡村淳監督ドキュメンタリー上映会 4月24日(日)@横浜 能見台


日時:2011年4月24日(日)13:00- 

場所:能見台地区センター http://www.tikucenter.com/

料金:カンパ制です。今回のカンパは関東東北大震災の被災者への義捐金とさせて頂きます。
「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳
ポルトガル語字幕つき

「とんでもないことを始めてしまった」。

ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。
ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの

愛と闘いの記録。

岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20040913000270.cfm

2011年4月7日木曜日

フライヤー!岡村淳ドキュメンタリー上映会 4月24日(日) ”赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み” 東日本大震災チャリティイベント


今回のフライヤーは前回に引き続き手描き子供服”あっか”の三宅孝典氏にデザインしてもらいました。http://akkaakka.com/

素晴らしいデザイン、”あっか”協力ありがとうございました!
当日は”あっか”の寄付金の為の小物販売も行います。

また、今回の上映会も岡村作品を通じていい出会いがあるといいな、と思います!
岡村さんありがとうございます!

そして上映会に来ていただける皆様ありがとうございます!

また、良い会にできれば。

東北に思いを馳せながら。

2011年3月20日日曜日

関東東北大震災チャリティイベント 岡村淳監督ドキュメンタリー上映会 4月24日(日)@横浜能見台

関東東北大震災チャリティイベント 

岡村淳監督ドキュメンタリー上映会 4月24日(日)@横浜 能見台

日時:2011年4月24日(日)13:00- 

場所:能見台地区センター http://www.tikucenter.com/

料金:カンパ制です。今回のカンパは関東東北大震災の被災者への義捐金とさせて頂きます。
「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳
ポルトガル語字幕つき

「とんでもないことを始めてしまった」。

ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。

佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。そして25年――

「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。
ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの

愛と闘いの記録。

岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20040913000270.cfm

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皆様

未だ震災・津波・原発の被害は留まらず、被害にあわれた方々には何と言葉を申し上げればよいかわかりません。
とても近い友人から実際の被害やそのご家族の被害を聞き、本当に心が痛みます。

何よりも現在の行方不明者のより多くの命が助かる事をお祈りしたいと思います。

今回の震災は、 4月24日(日)の岡村淳監督ドキュメンタリー上映会@能見台の一度目の告知の後に起きました。

この状況の下、上映に関しても一旦検討段階に戻りました。

しかしながら岡村監督から、今回の震災の被災者のために今回上映のカンパを寄付に回しては。というご提案がありました。

カンパは通常岡村作品の制作費等に当てられる貴重な財源ですが、ありがたく岡村監督の太っ腹なご提案をお受けしました。

こちらにて再度上映の告知をさせていただきます。

また寄付は、検討段階ですが日本赤十字社を予定しております。

ぜひとも周りの方々にもお声掛けの上、ふるってご参加ください。
またこの状況ですので、出席予定だよーという方は未確定でもよろしいのでこちらにメール頂けると出席者数の概数が分かりますので非常にたすかります。


また、現在岡村監督は逗子で上映会を行っています:

3月12日-3月23日@逗子Cinema Amigo
http://cinema-amigo.jugem.jp/?cid=2

こちらもふるってご参加を!

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2011年3月16日水曜日

金曜日

ベトナム・ホーチミンにて。

ミーティングが終わって、ホテルに帰宅。
いつもはそんなにつけないんだけれどたまたまテレビをつけた。

BBCでなんだか日本の事をやっているなー。。
と思ってみていると、徐々に様子がおかしいことがわかってきた。

集中して英語を聞いてみる。
やっぱりただ事じゃない。

とにかく家族、彼女に電話。

つながらない。
e-mailを送ってみるがすぐに返信がない。

なおさら不安になる。

チャンネルを変えるとNHK ワールドというものがやっていた。
東京が大丈夫ということは横浜も大丈夫か。
震度は発表されない。

各人とのメールもある時間から完全にストップしてしまった。

何をしたらよいのか、狭いホテルの部屋の中をうろうろうろうろ。

とにかく早く気づきやすい携帯メールに連絡をし、回答を待つ。

その間情報収集しながらやっと全貌が見えてきた。
関東は何とか大丈夫か?
しかしながら東北は物凄い惨状。

連絡がつかいまま数時間、少し腹が減ったので買い物に外へ出る。
そこはベトナムの日常。

何だこの感覚は。

多分海外にいる日本人の方々は相当不安になっていると思う。

自分の近しい人は危険な目にあっているのに、自分だけ安全でいる。

疎外感。

罪悪感。

きっと祖国を離れていきている人はこんな感覚を持っていきつづけているんじゃないかなと思った。
もちろん悪いときだけでなく、祖国が繁栄しているときも。

さあ、みんながいる危険地帯に帰ろう。

2011年3月10日木曜日

フラット化する世界


バンコクは学生時代から考えたら5回目。
アジアの中では一番親近感を感じます。

今回も感じたけれど、タイ人のメンタリティはかなり日本人に似ているのかなと。

謙虚や遠慮が美徳となっているのは、世界からは理解されない場合が多いけれど、そういう特殊な性格がタイ人と日本人は共通しているように感じる。

また、タイの若い人達は優秀な人がとても多くて、メンタリティも似ているのでビジネスをする上でも日本人とは非常にやりやすい。

今回仕事でご飯を食べた同年代のタイ人達は、日本人以上に忙しそう。顧客からの緊急の要望が多くて、毎朝起きると疲れている。。なんて話も。

タイ人がルーズってのはもう昔の話でしょう。
少なくとも日本人と一緒に仕事をする人たちのペースはもう国際レベルかそれ以上になっている。

仕事以外に話すことは、韓国や日本のアイドルの事だったり、Facebookだったり、スマートフォンだったり。ファッションも日本人とあまり変わらない。
みんな車も持っているし、結構いい生活しているなあ、と。

逆に日本の方が遅れているなあ、と感じる部分も多々あったり。

本当に世界はフラット化している。

そして世界で売っていく力を付けないと。。
と再認識した旅でした。

2011年3月3日木曜日

岡村淳 ドキュメンタリー開催!4月24日(日)

来る4月24日(日)、横浜市金沢区で岡村淳ドキュメンタリー上映会を行います!

ぜひとも周りの方々にもお声掛けの上、ふるってご参加ください。

佐々木神父という日本人の方が行うブラジルの方田舎での慈善活動・救済活動を撮った作品。
同胞の活躍に感嘆するとともに、社会弱者とともに生きる彼らの言葉には何度も胸を打たれます。

日時:2011年4月24日(日)13:00- 
場所:能見台地区センター http://www.tikucenter.com/
料金:カンパ制です。

「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」

HUMANITAS
25 anos de atividades
Companheiros da Terra Roxa
2002年初版制作・2003年改訂版制作/66分(改定版)
2005年ポルトガル語版制作
2006年日本語・ポルトガル語バイリンガル版制作
制作・構成・撮影・編集・報告:岡村 淳

「とんでもないことを始めてしまった」。
ブラジル奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまった若き日本人神父・佐々木治夫さん。佐々木神父は何の知識も資金もないまま、彼らのための診療所作りを始めた。そして25年――
「フマニタス(人類愛)慈善協会」はハンセン病の診療センターに始まり、ストリート・チルドレンの更正・授産施設や、土地なし農民たちの支援にまで活動を広げている。
ブラジル奥地にも及ぶグローバリゼーションの荒波は、新たな貧困と差別を生み出し続け、フマニタスの闘いは尽きることがない。第三世界の社会的弱者と共に生きる日本人神父と修道女たちの愛と闘いの記録。
岡村と親子ほども歳の違う「先輩」・佐々木神父との10年にわたる友情に応じた作品。 
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20040913000270.cfm

2011年2月22日火曜日

駆け込み寺


自殺者が3万人を超える国、日本。

国としては経済的には一時成功し、伝統文化も多く、良いところもたくさんある国だと思う。
しかし、苦しい思いをしている人も沢山いるという側面も持っている。

他国では割合とその土地に根付いた宗教が、心のよりどころになったり、セーフティネットになっているケースも多い。

日本はとくに心のよりどころというものが少ない。

これは貧困だけでなく、豊かであるにも関わらず自殺する多くの人たちにとっても問題では無いだろうか。

貧困、自殺は、個人だけの責任なのか、あるいは社会も一緒に責任を負うべきなのではないか。
自分もいつそうなるかなんて分からないのだから。

そんな問いかけをしている本。

日本では仏教界がなかなかそうした社会問題に切り込んでいけていない状況があると思う。
しかし中には行動をともなわせている方々もいる。

もしも自分に少し余裕があるのであれば、社会の一員として、自分以外の問題と思っていたことに目を向けていきたいと思った。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/4000246615/ref=dp_image_0?ie=UTF8&n=465392&s=books

2011年2月9日水曜日

SHOTENGAI


最近よく一人で遊びに来るのが、この横浜橋商店街。

歌丸師匠の地元で有名な。

350mのアーケードが延々と続く。

そこら中でお客さんと店員が声を掛け合い、活気が溢れていました。

全国的に大型スーパーに客をとられて商店街の不振が続いているけど、ここは違う。

勝因は何かと考えたら、とにかく多くの店が集まっている事と、全体的に価格が安いこと、そして何より商店街に一体感があるなあ。

やっぱりとりまとめ役が良いんでしょうか。

下町らしく猥雑で活気がある。
今まで以上に観光名所になっていくのかなと思います。

2011年2月1日火曜日

影富士

稲村ヶ崎から。

さいこーですねー。

寒さもやわらぐとのことですので。。

水浴びさそってください。

2011年1月23日日曜日

企業戦士?


先日、日本に長年すんでいる中国の方と話した。
彼は日本の企業にもう長年勤めている。
こうはじめた。

「いやあ僕は失敗したかもしれないよー」

聞くとある時期に他の企業から熱心にオファーを受けていたという。条件も大分よかった。しかし所属企業への義理で結局それは断った。

「これからはね、就業という風に考えた方が良いかもしれない」

会社への義理を大切にして生きてきた彼がいった。

会社への義理というのは日本が強くなった理由のひとつだと思う。
終身雇用制を敷き、安定した生活を会社が保障するかわりに、スタッフが会社のために尽くす。

しかしながらよく言われるように、時代は変わりつつある。
義理は大切だ。何よりも大切なことかもしれない。
それによって企業が成立している事自体はとても幸せなことだ。

しかしながらその状況が許されたのは右肩上がりの経済であったからではないだろうか。

日本経済の衰退や不正による大企業の倒産、リストラ、また途上国の台頭や円高による製造業の不振。昔ながらの経営方法では業種によっては企業も個人も共倒れする可能性がある。

不況の中で企業側は派遣社員を経営の調整弁に使い、大企業でも長年忠誠を尽くしたベテラン社員も中心に大規模なリストラが慣行される。

しかし、個人のスキルがありさえすれば場所を変えればよい。
サーフィンで言えば波が無い場所で波待ちをするのではなく、波がある場所を探してパドリングしていけばいいのだ。

そのためにはまずその仕事のスキル、そして人間力、そして、、語学力が必要だ。
語学力といっても中国語やスペイン語をやる必要は無いだろう。
業界で突出する人は世界中どこでも簡単な英語位は話す。
仕事をする上で、英語の優先順位は少なくとも相当上がってきています。

2011年1月10日月曜日

ブラジル弾丸列車

ブラジルにはボアッチと呼ばれるお水な場所があるのですが、最近ブラジルに行った友人によるとにかく韓国人が多くなったという話をしていました。

日本人は前に比べて大分少ないという事でした。

特にこういう場所を肯定もしませんが、夜遊びでさえ韓国人に負けていると聞くとなんとなく寂しい気持ちになります。

とにかく韓国の勢いはブラジルでもたいしたものです。

サンパウロの国際空港、グアルーリョス空港から街の中心街へ向かう道路に並ぶのは韓国の自動車と電気メーカーの広告ばかりです。日本勢の影は薄い。

かつて日本人街であったリベルダージと呼ばれるサンパウロ中心街の一画は今や中国語と韓国語が飛び交っています。

ブラジルで計画されている高速鉄道も同様です。
リスクを省みない攻撃姿勢の韓国の受注がほぼ決定していました。

しかし、そこで下記のニュース。
今北朝鮮によって韓国のカントリーリスクが高まっています。

カントリーリスクという点でいえば、中国、韓国に比べて日本は現状多少ベターかもしれません。
問題は財政不安だが、現在その債務もほとんどが国民負担となっています。

外国に負債を頼っていたギリシャやアイルランドとは状況が違う。
国際的に信用される安定した国家をこれからどう維持していくかというところでしょう。

解決策はともかく現在の借金を減らしていくこと。
これは政治主導になります。

そして国内にもっと危機感をあおることだと思います。
それにより国民が頭を使ってまず個々が生き残るということを考えること。
かつ国に利益になる活動をすること。

これは主にマスコミ主導になると思います。

しかしながらこの2つを監視するのは国民の仕事です。

政治家を選ぶときに、本当に国の事を考える人をきちんと選べるか。
また、見る番組や雑誌や新聞を選ぶ事ができるか。

私達の意思にかかっていることも確かです。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110111-00000001-diamond-bus_all

ブラジル高速鉄道争奪戦 入札延期に望みつなぐ日本

ダイヤモンド・オンライン 1月10日(月)5時30分配信
 韓国による受注が確実視されていたブラジル高速鉄道(TAV)事業の争奪戦が土壇場で“延長”に持ち込まれた。

 ブラジル政府は昨年11月、3日後にまで迫ったTAV事業の入札締め切り日を今年4月へ延期すると突如発表した。国土交通省関係者は、「下馬評どおり韓国が受注すると見ていた」と驚き、入札を見送る方針を固めていた三井物産、三菱重工業、日立製作所など日本企業連合の幹部は、「少なくとも可能性はゼロではなくなった」と安堵した。

 リオデジャネイロ五輪が開催される2016年の開通を目指すTAVは、リオデジャネイロ州~サンパウロ州間510キロメートルを1時間半でつなぐ総事業費1兆6000億円の巨大プロジェクトだ。だが、ブラジル政府の提示条件の評判はすこぶる悪い。

 日本基準では過大な需要予測を基に試算された1キロメートル当たり0.49レアル(約24円)という上限運賃で40年間の鉄道運営を余儀なくされ、その需要リスクをヘッジする仕組みもない。建設費の見積もりも甘く、「民間にはハイリスク過ぎる」(企業連合関係者)事業だった。

 これらのリスクをものともせず唯一入札の意思を示したのが韓国で、「悪条件を二つ返事で受け入れてしまう」と、国交省関係者は諦め顔だった。韓国にとってブラジルは米国高速鉄道への橋頭堡であり、官主導の猛烈な売り込みは「リスク無視の実績づくり」(同)と見られている。

 この韓国の熱烈なラブコールを袖にした理由を、ブラジル政府は、「延期により応札を確約した者もいる」と明かし、韓国単独入札よりも競争入札を重視したと釈明した。実際、ブラジル政府は延期決定直前、自国企業や日本企業に“形式的”な入札を打診してきたとされ、なんとか競争入札の形式を成り立たせようと腐心している。

 ところが、日本政府関係者は「ブラジルの説明は本音ではない。要は、経験不足の韓国に受注させたくないのではないか。単独入札の意思を示したのが欧州勢ならば延期はなかっただろう」と首をかしげる。大手商社幹部は、「延期決定の3日前に起きた北朝鮮と韓国の砲撃戦も一因だと思う。北朝鮮リスクを抱える韓国に、40年という長期運営を委任することを危ぶんでも不思議ではない」と読む。

 一方、ブラジル政府は入札延期に伴う条件の変更は否定している。ある交渉当事者は、「ブラジルは『需要予測に誤りはない』の一点張りで、条件緩和は容易ではない」とため息交じりだ。条件が変わらぬまま競争入札が行われれば、リスク度外視の韓国優位は動かないのも事実だ。

 ブラジルでは今月、政権が交代した。「延期は喜ばしいが問題は山積、応札するか否かも仕切り直しだ。ルセフ新政権との交渉次第」と企業連合幹部。政権交代に加え国家行事のカーニバルを間近に控え、早くも4月の落札が再延長されるのではとの憶測まで出ている。アラブ首長国連邦(UAE)の原発受注で苦汁をなめた日本が、ヨルダンやトルコで雪辱したように韓国を逆転できるのか、まだ趨勢も読めない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 宮原啓彰)